ニック・ドレイク「ピンクムーン」

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ニック・ドレイクの「ピンクムーン」という酷く美しい曲がある。

髪の長い青年が、どこか禍々しく光る赤い月の下で、夜じゅう早足でどこかへ歩いていくイメージが頭に浮かぶ。彼の体の一部はすでに冷たくなり始めている。

 

 

誰だってそうなのかもしれないが、若い頃に聞く音楽はどうも感傷的なものが多かった。若い頃はナルシスティックな甘えた感性を離れることが難しく、またそれが許されるからだろう。

そういった時期にニック・ドレイクの音楽は、特に「ピンクムーン」は避けがたい魅力があった。

また、生前は評価されず、若くして死んだ後に評価が高まるという耳に甘い物語も、興味を引いた。

 

私がまだ髪の長い青年だった頃、大学への往復は自転車を使っていて、大抵音楽を聞いていた(今だったら怒られちゃいますね)。

田舎にある大学だったから、夜道は暗く、夜空は綺麗だった。

そんな時に「ピンクムーン」を聞くと、なんだか月に追いかけられているような気持ちになったものだ。避けがたく停止した時間に呑まれていくような。

 

今「ピンクムーン」を聞くと、あの時ほど死の影を感じない。

優しく話しかけてくる友人の体が、よく見ると少し透けている、程度の死の気配だ。

「ピンクムーン」録音時にニックはすでに鬱病でボロボロだったいう話が、耳か、記憶か、あるいはその両方に影響を与えたのだろう。

だが、今聞いてもその美しさは変わらない。

酷く美しいのだ。